修正前:
192909 | 「詩四篇」 | 『文芸レビュー』(昭和4年9月) |
192909 | 「A.B.C」 | 『文芸レビュー』(昭和4年9月) |
Twitterでご連絡いただいた内容に応じて、修正をかけました。
自身による初稿の確認は、まだ出来ておりません。
確認作業は現在遅々として進まない状態ですが、今後ある段階に至った際は、
原文の確認ができた作品とそうでないものは明確に示したいと思っております。
ご理解、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
192909 | 「詩四篇」 | 『文芸レビュー』(昭和4年9月) |
192909 | 「A.B.C」 | 『文芸レビュー』(昭和4年9月) |
An aspect of French Surrealism was the tolerance of sexuality explicit material from the subconscious, usually a result of the non-filtering of thought in automatism. Kitasono, Nishiwaki, and most of the other Japanese Surrealists, however, rarely referred to genitals or sex. One exception is the line, “I lick virgin Cleopatra's vagina”from an Ueda Toshio poem. Perhaps Toshio's Cleopatra is a “Virgin” because his consciousness of women was limited to the madonna or prostitute syndrome, desiring women to be both chaste and lusty. Nevertheless Toshio was at least liberated enough not to edit out such messages.“I lick virgin Cleopatra's vagina”という一文は性器に言及しているというのは事実といえるが、"Perhaps"(恐らく)以降の文は筆者の想像または感想でしかなく根拠は述べられていない。
処女クレオパトラは金属製のorganes sexuels を持った蚕である暖まつた天使は世界の驚異でありました 私は処女クレオパトラのvaginaを舐めます赤い飛行船の上の少女クレオパトラを抱いた赤い色の天使は瞞着する最も愛らしい天使です作品の読み方や解釈は読み手の自由だ。自分が原文を読まない限り他人の感想文のみ頭に残ることになる可能性がある。私はそれは嫌である。
「孤独或は死後の夢想」『花卉幻想』3年1号(昭和4年1月)
※当該『花卉幻想』の目次は誤っています。目次上は「胸像の仮面」が上田敏雄となっていますが、本文を見るとこれは山田一彦の小説。上記タイトルが上田敏雄の詩作品です。「詩人のページに著作一覧は必須」という叔母の発言はごもっともなので着手はしたものの、ここ何ヶ月も放置していたところ。