数週間前、上田敏雄の「日本超現実主義詩論」が載っている『詩と詩論』を手にした。
読後感はショック、そう、正直にショックという単語が脳裏に浮かんだ。
「此の三千大千世界の百億の日月、<略>、シューランガマスートラの中に広く説くが如し。」と
始まる長文。続く詩論を読破する前に、私の頭の中に般若心経が流れてきた。
その後、子供の頃に父方の祖母から推薦された本、倉田百三の『出家とその弟子』を読んだ。それから、下記の本も読んだ。
『「意識」とは何だろうか-脳の来歴、知覚の錯誤』 下條伸輔
『考えすぎる脳、楽をしたい遺伝子』 長沼毅
『解説ヨーガ・スートラ』 佐保田鶴治
人間科学、生物化学、そしてインドのサーンキャ哲学をめぐって、現在の着地点は、般若心経のサンスクリット語版。昔から気になっていた箇所である「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」の発音は「ぎゃていぎゃてい」というよりはむしろ「がーてーがーてー」のように聞こえる。本人としては嬉しい発見である。
そして今日、あらためて「日本超現実主義詩論」と対峙する。題名の「日本」の意味は何かという疑問を抱いたが、上田敏雄は必ずしも文章の内容を題名にする作家ではないからと自問自答。
やれやれ、すっかり振り回されてしまったようだ。
2015年7月11日土曜日
2015年4月1日水曜日
詩人の腸内細菌
腸内細菌は今日も歌う
何のために生きて死ぬのか
我々の宇宙に
生死を握る神は果たしているのか
かしこい諸君はおわかりのはず
答えはYes
& No
餌をあげるか否か
握っているのは人間様
日々細菌がバトルして死ぬのは
人間様のアウトオブコントロール
かしこい諸君はおわかりのはず
答えはYes
& No
餌をあげるか否か
握っているのは神様
日々人間がバトルして死ぬのは
神様のアウトオブコントロール
詩人は今日も歌う
何のために生きて死ぬのか
詩人の腸内細菌が全滅しても
詩人は歌うだろうか
どびんご
2014年7月21日月曜日
祖父母の誕生日
今日は上田敏雄の誕生日。
私は祖父母全員の誕生日を覚えている。
「あ、誕生日だ。」と想いだして過ぎさる。
自分が歳を重ねれば重ねるほど
祖父母の生き方に興味がでてきた。
全員長寿なので老い方も遠目で観た。
”生かされていることのありがたみ”を
日々感じながら心身とも健康に老衰したい。
祖父母からのDNAがあるから心強い。
何が書きたいのかな?つぶやいているだけです。
今日は、「おめでとう」のかわりに「ありがとう」。
おじいちゃんのおかげで、親族と連絡をとる
ことができました。
これからも見習って生きます。
私は祖父母全員の誕生日を覚えている。
「あ、誕生日だ。」と想いだして過ぎさる。
自分が歳を重ねれば重ねるほど
祖父母の生き方に興味がでてきた。
全員長寿なので老い方も遠目で観た。
”生かされていることのありがたみ”を
日々感じながら心身とも健康に老衰したい。
祖父母からのDNAがあるから心強い。
何が書きたいのかな?つぶやいているだけです。
今日は、「おめでとう」のかわりに「ありがとう」。
おじいちゃんのおかげで、親族と連絡をとる
ことができました。
これからも見習って生きます。
2014年3月30日日曜日
異次元の獅子へ
今日は
虎も馬も
獅子を想う
どびんごは
獅子に問う
どびんごは
渡り鳥?
ニワトリ?
自然鳥?
人工鳥?
人間神を
信仰すればよい
毎日毎日
食べて寝れれば
それがなにより
それが生きること
感謝しなさい
そう言った
鳥神様を
信じればよい
どびんごは
わからない
鳥神様のコトバも
人間神のコトバも
観念的に
生きる意味は
問わない
信じるものは
コトバではない
獅子ヨ
世界ヲ開ケ!
その瞬間
どびんごハ
感性デ飛ブ!
虎も馬も
獅子を想う
どびんごは
獅子に問う
どびんごは
渡り鳥?
ニワトリ?
自然鳥?
人工鳥?
人間神を
信仰すればよい
毎日毎日
食べて寝れれば
それがなにより
それが生きること
感謝しなさい
そう言った
鳥神様を
信じればよい
どびんごは
わからない
鳥神様のコトバも
人間神のコトバも
観念的に
生きる意味は
問わない
信じるものは
コトバではない
獅子ヨ
世界ヲ開ケ!
その瞬間
どびんごハ
感性デ飛ブ!
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