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2019年5月12日日曜日

上田敏雄 著作リスト更新

山本氏からの情報に基づき、ホームページの作品一覧リストを追加更新いたしました。
引き続きリストの精査に努めたいと思います。


<追加更新>
発行年月 作品名 詩誌名・書籍名(巻号、年月)
194104 「燃焼する水族館」 『新領土詩集』
195009 「駱駝よ」 『駱駝』4号
195011 「樫よ」 『駱駝』5号(昭和25年11月20日)
195106 「君の手に」『駱駝』8号(昭和26年6月)
195107 「雉子」 『現代山口懸詩選』一九五一年版 磯永秀雄編
195107 「強い男性の」『駱駝』9号(昭和26年7月)
195112 「それは石の獅子の・・・」『Doline』創刊号
195202 「我らの生命に變れ」『Doline』2号
195202 「猫の女よ」『駱駝』14号(昭和27年2月)
195208 「樹々は嵐を呼べ」注:未刊詩集『眞珠の戦士』より『日本詩人全集』第六巻昭和篇(1)
195208 「混乱した風景を」注:未刊詩集『眞珠の戦士』より『日本詩人全集』第六巻昭和篇(1)
195210 「夜の渦巻に」 『埴輪』創刊号
195211 「證」 『エスポワール』2号
195212 「シガレットの女よ」『DEMAIN』2 
195212 「あの黒く大きく亂れた波頭は・・・」『駱駝』22号(昭和27年12月)
195301 「蝶よ 君を締めあげる鎖によって」『駱駝』23号(昭和28年1月)
195303 「燃え墜ちた」『駱駝』24号(昭和28年3月)
195310 「朝の合唱」『駱駝』29号(昭和28年10月)
195401 「磔刑圖」『DEMAIN』4
195406 「自轉車」『ぎんなん 創刊号』
195409 「野師」『ぎんなん 2号』
195412 「ほしがあらわれた?」『ぎんなん 3号』
195505 「寂しい人たち」『DEMAIN』7
195607 「アダムの歴史のために」『DEMAIN』8
195611 「画布の台風 」 『詩學 11-13』
195701 「Current Topics ー<人類+α>の思想についてー」『DEMAIN』9(1957年1月20日)
196112 「別の美学II -アイコンとイエス・キリストの対極の研究ー」『DEMAIN』10(1957年8月15日)
195711 「Holy Communion」 『詩学」(昭和32年12月)
1958xx 「別の美学 III -虚無と恩寵ー」『DEMAIN No.11』
195909 「聖霊 -Essay on Monad ー」『詩学」(昭和34年9月)
196303 「労働者の肖像 Essay on the City of Man Neo Surrealism Manifestist」『駱駝』86号(昭和38年3月)
196409 「讃美歌のためのアルゴ The Letter to the Romans」『THE HIBARIBUE 24』
196411 「意味論 -宗教対藝術・ゲロンチョンを媒介としてー」『宇部工業高等専門学校研究報告』第1号
196510 「Mr. Bloom's Day ージョイス研究ー」 『宇部工業高等専門学校研究報告』第2号
196511 「讃美歌のためのアルゴ」『駱駝』100号記念号(昭和40年11月)
196703 「討たれた天使/判じ絵」『宇部高専第一期生卒業文集 『友』』
196803 「マリア像/判じ絵」 『宇部高専第二期生卒業文集 『友』』
196903 「霊の狩猟/判じ絵」 『宇部高専第三期生卒業文集 『友』』
196901 「歌のこころ」注:コラムに寄せた一文『宇部高専 学校だより』
197204 「人魚の唄※GENESIS・赤の四角※」『中国詩集1972』(1972年4月20日)
197406 「教会芸術」『詩学』6月号 ※「詩人と詩と思想」特集号
197505 「腹腹時計」『瀬戸内海詩集』1975年版
197607 「冬」<1925年新人賞再掲> 『詩学 31-7』

2019年3月17日日曜日

2019年3月16日土曜日

宇部高専の校歌誕生にまつわるエピソード


2019年は上田敏雄に関するイベントイヤーである。

公益財団法人山口県ひとづくり財団が1月から3月にかけて全3回の講座「山口のモダニスト上田敏雄」を開催中。また、4月から7月にかけては、中原中也記念館が「企画展 沸騰する精神ーー上田敏雄」を開催予定である。

私は山口県に何度も足を運ぶことは難しく、遠くから見守っている。

そんな折、ふと宇部高専のホームページを覗いてみたところ、アップデートされており、校歌の由来と校歌の誕生にまつわるエピソードが掲載されていた。

『世紀の花環 友よ担わん』には、世紀=時代から花を贈られるように努力する、そしてそれを友と共に担えるよう日々努力しなさい、との意が込められています。
え、そうなの?初耳である。やはり、意図を知ることができるのは嬉しい。

校歌を読み、最も違和感を感じたのは、2番の「男の子の生命 友よそそがん」。
高専の女子学生の割合も高くなっているはずであり、なんだか申し訳ない気持ちがする。

おじいちゃん、女の子も英語や科学技術を学びますよ、と伝えたくなる。

祖父は女子も勉学に励み自立することを奨励していたと聞いているが?
そもそもこの文章は、上田敏雄らしからぬようにも思える。

続けて「校歌の誕生にまつわるエピソード」ページを読むと、作詞途中の直筆原稿が掲載されており、最終的な歌詞とはかなり違うものである。
かつ「男の子の生命 友よそそがん」などと書かれてはいない。

上田先生の作品は、第1回の委員会の意見を十分に汲みとって大幅に手を加え装を新たにしたものになっていた。それはいわば原作を母体として教職員学生の英知を結集して練り上げられたものになっていたといえよう。
歌詞は上田敏雄が変えただけではなく、大勢の方の意見を結集したものだったようだ。

悩ましい作業だったことと想像するが、完成した際にはきっと嬉しかったであろう。