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2014年2月9日日曜日

鍵谷幸信の「沸騰詩人・上田敏雄」

鍵谷幸信氏の「沸騰詩人・上田敏雄」(『暦象』、1980年94号)は、私の好きなエッセイのひとつです。上田敏雄が発言した言葉そのままを引用し、人物像を上手に描写していると思います。

鍵谷幸信氏は、昭和三十二年秋ごろに上田敏雄が上京した際に、かってのシュルレアリスト、西脇順三郎、北園克衛、佐藤朔、三浦幸之助、上田保らが集結した際の様子を記述しています。いまどき1980年の『暦象』を見つけて読むのは容易ではないと思いますので、ほんの一部ですが引用します。

「朔君、ブルトンのシュルレアリスム第一宣言は何年だったかね」「一九二四年」と朔氏。君は相変わらず記憶力はいいな。昔とちっとも変わらん。 
ところで西脇先生、あんたも偉くなったもんだ。超自然主義も立派だね。だがあんたはシュルレアリスムもエリオットもわかってるように書くけど、実はよくわからんのじゃないのかね」「敏雄君のようにはわからんよ、いやわからおうとも思わない」「いやカトリックとマルクスと実存主義のX軸とY軸がわからんで、エリオットもブルトンもないもんだ。そうでしょう西脇さん」「ちょっと待って」と西脇順三郎。「いや西脇君、それはまちがいだ」。それから「君」がとれて「西脇」と呼びすてになり、敏雄氏の舌鋒はますますゾリンゲンの刈刀状になっていった。メートル西脇もいささかたじろいで、前言とりけしをやったりしていた。あんな西脇さんの姿をぼくはかつて見たことがなかったし、それ以後もない。<略> 
「ところで滝口が来てないがどうしたんかね」。滝口氏は風邪をひいて来れないという返事だった。「風邪かね。ふーん、シュルレアリストも風邪をひくんだね、どんな風邪かな、滝口がいないとつまらん、シュルレアリスムのほんとうのところは彼がいないとでけんよ。」この発言には全員が共鳴したようで、敏雄氏がその日喋った唯一のわかるコトバであった。北園、三浦の両氏は終始エッヘッへとかウフフとか笑い声を出して紅茶かなんか飲んでいた。
その場の様子が目に浮かぶような鍵谷幸信氏の文章のおかげで、私も微笑んでしまいます。
「ふーん、シュルレアリストも風邪をひくんだね、どんな風邪かな」 という、なにげない一言が私には面白いです。発言しているご本人はまわりを笑わすつもりはないと想像しますが、私にはそこがなんとなく祖父らしく感じるのか微笑ましいのです。

また、「敏雄氏がその日喋った唯一のわかるコトバであった。」と鍵谷氏が書いていることは、X軸もY軸もシュルレアリスムもエリオットもわからない私を安心させてくれます。

上田敏雄の詩やエッセイは、私の頭やリクツでわかろうとして読むとわかりませんが、上田敏雄の声で喋っているイメージで音読し、敏雄節というか、コトバの波、リズムのようなものに乗ることができると、面白かったりします。わかる、つまり理解するということと、感受するということは違います。絵画を鑑賞してわからなくても楽しめるように、私は沸騰詩人の喋ることがわからなくてもウフフと楽しめれば嬉しいです。

2014年1月28日火曜日

MON SURRÉALISME

真鍋正宏氏は、上田敏雄の作風に関し、『現代詩大辞典』(2008年、三省堂)に
「MON SURRÉALISME」と呼ばれ、他の超現実主義と傾向をややことにするその詩風
と明記し、特定のモチーフの利用、繰り返しの多用、固有名の引用、フランス語の多用、非日常的な修飾関係等を指摘しています。

「MON SURRÉALISME」は、日本語で「私の超現実主義」という意味です。上田敏雄は「上田敏雄の超現実主義」を生み出し変化させていったということでしょう。

上田敏雄の立場は、『仮説の運動』の時代の芸術の自立的なメカニズムを認める立場と対照的に、戦後はカトリシズム思想等外部からの概念導入なしに芸術世界の成立はないという立場に変化していったことについても、真鍋氏は記述しています。

上田敏雄は、晩年68歳の時点における日本の超現実主義グループを四つに分類しています。(「私のシュルレアリスム詩観」(1969年3月、『暦象 64』)
  • 超自然主義(西脇順三郎)
  • シュルレアリスム(瀧口修造)
  • アブストラクト(北園克衛)
  • 芸術のカトリック派:「神学の概念を詩論の範囲に導入する立場」(上田敏雄)
私は、この記述は、フランスの超現実主義グループ、また上田敏雄らが20歳代だった頃の日本の超現実主義グループからの変化をわかりやすく示していると思います。

「神学の概念を詩論の範囲に導入する立場」というのがどういう立場なのかは、私が一読してわかるものではなく、上田敏雄が書いた作品を時間をかけて読みたいと思います。